慢性腎臓病(CKD:Chronic Kidney Disease)はネコでは非常に多い、一般的な疾患であり、主要な死因にもなっています。
ほとんどのもので不可逆的で進行性のためなるべく早期に診断し、その進行を抑制する治療を必要とします。
目次
- 慢性腎臓病とは?
- IRIS(国際腎臓病研究グループ)による慢性腎臓病のガイドライン2023年度版+α
慢性腎臓病とは?
ざっくり腎臓が悪い状態だと認識されている方が多いと思います。
犬猫における慢性腎臓病は一般的に以下のように定義されている病態のことです。
腎機能の低下あるいは腎臓の障害を示唆する所見が慢性的(3ヶ月以上)にわたって持続する状態
・腎機能の低下⇒クレアチニンやSDMAの上昇、尿濃縮能の低下(猫)など
・腎臓の障害⇒主にタンパク尿、構造異常など
腎臓からどれくらいの老廃物が排出されているかという腎機能を直接的に評価する検査はGFR(糸球体ろ過量)の測定ですが、臨床現場で測定することは現実的ではないです。
そのため、ある程度GFRを反映しているとされるクレアチニンやSDMAといった血液検査の数値を代わりに使っています。
慢性腎臓病はなんらかの原因疾患があり、それによって腎組織が喪失していっていることを示しているので『慢性腎臓病』とひとことで言っても様々な病態が含まれていることになります。
なので一応IRIS(国際腎臓病研究グループ)によるCKDのステージ分類及びその推奨治療をご紹介しますが、CKDのステージ分類が同じだからと言って同じ治療になるわけではないということは理解していただいたほうがいいかなと思います。
IRIS(国際腎臓病研究グループ)による慢性腎臓病のガイドライン2023年度版+α
IRISの慢性腎臓病ガイドラインでは、慢性腎臓病の診断・ステージ分類・推奨される治療について紹介されています。
また、IRISのガイドラインはアイデックスラボラトリーズにより日本語訳したものが提供されていますので確認してみてください。
「IRIS CKDガイドライン」IDEXX SDMA.
https://www.idexx.co.jp/files/iris-pocket-guide-jp.pdf
IRIS 慢性腎臓病 ステージ1
IRIS慢性腎臓病ステージ1では血中クレアチニン濃度の上昇はみられません。
一般的には明らかな症状もみせないため、日常の血液検査でみつけることは難しいです。
腎障害を回避して、さらなる腎機能の低下を防ぐことが最も重要となります。
- 可能な場合は腎毒性のある物質の投与はすべて中止する。
- 腎前性および腎後性の異常の有無を確認し、ある場合には治療を行う。
- 腎盂腎炎(尿路感染症はすべて腎盂腎炎につながる可能性があるため、適切に治療すること)や腎結石など治療できる疾患を除外するため、X線検査や超音波検査を行う。
- 血圧および尿タンパク/クレアチニン比(UP/C)を測定する。
- リンを<4.6mg/dLに保つ。
①可能な場合は腎毒性のある物質の投与はすべて中止する。
ある種の薬物は腎機能障害を引き起こすという事がヒト医療のほうでも報告されています。
「薬剤の投与により、新たに発症した腎障害、既存の腎障害のさらなる悪化を認める場合」を薬剤性腎障害なんて言ったりもします。
とはいうものの疑うことはできても中々確定診断は難しいです。
原因薬物としてよくあげられるものはNSAIDs、一部の抗菌薬、抗がん剤等があげられます。
②腎前性および腎後性の異常の有無を確認し、ある場合には治療を行う。
心疾患や尿管トラブル、全身性の感染等、腎臓以外の部分での異常に対してはその原因に対してそれぞれ対応しましょう。
③腎盂腎炎(尿路感染症はすべて腎盂腎炎につながる可能性があるため、適切に治療すること)や腎結石など治療できる疾患を除外するため、X線検査や超音波検査を行う。
腎臓に対しても併発疾患や治療可能な疾患を除外することは重要です。
④血圧および尿タンパク/クレアチニン比(UP/C)を測定する。
IRISの慢性腎臓病のステージ分類は1~4の段階以外に血圧とタンパク尿の有無によってサブステージというものが設けられています。
つまり、「IRISステージ1で高血圧、非タンパク尿」であったり、「IRISステージ2で重度高血圧、タンパク尿」、「IRISステージ2で正常血圧、非蛋白尿」であったりするわけです。
また、後述しますが、高血圧であったり、タンパク尿が出ている場合にはそれに対しても治療を行う場合があるため、IRISステージという部分は同じでも、血圧やタンパク尿によるサブステージが異なるため使用する薬剤が変わってきます。
血圧
高血圧は慢性腎臓病の発症や進行のリスク因子です。
高血圧は腎臓病や心疾患、甲状腺機能亢進症、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)など、様々な疾患で引き起こされます。
犬・猫の慢性腎臓病において高血圧は併発疾患として広く知られています。
全身性の高血圧によって引き起こされる症状は様々です。
これらの臨床徴候はほかの疾患でもみられますが、高血圧では眼、心臓、脳、腎臓といった臓器への影響が認められることも多く、注意が必要です。
標的臓器障害(TOD)といったりもします。
これ以上だと腎臓の機能障害が出るといったデータは無いですが、160mmHg以下に保ち、標的臓器障害のリスクを抑えることが推奨されます。
ダメージがみられなくても、収縮期血圧が持続的に160 mmHgを超えている場合は治療を開始します。
病院では興奮してしまったり、血圧測定の誤差が生じてしまうことも多いため、複数回測定することが多いです。
高血圧の場合には160mmHg以下を目標に降圧剤を使用することが多いです。
タンパク尿
タンパク尿の評価には尿タンパク/クレアチニン比(UP/C)というものを使用します。
タンパク尿を示す疾患は様々で、これだけでは判断できない場合も多いです。
しかし、糸球体疾患でのタンパク尿では重度のタンパク尿(UPC>2.0)を示すことも多いです。
このようにタンパク尿は糸球体疾患の存在の可能性を示すという点で重要です。
また、タンパク尿の存在が腎機能低下の進行に直接関わっているという点でもUPCの測定を行うことは重要です。
ネコでは糸球体疾患は少ないですが、治療の際にはレニンアンジオテンシン系阻害薬(ACEIまたはARB)と腎臓病用の食事療法を行います。
レニンアンジオテンシン系阻害薬でいうとベナゼプリル(ACEI)やテルミサルタン(ARB)で腎臓病用で認可が下りているものがあります。
ただし、飼い主様がタンパク尿を試験紙で自己判断することは腎臓以外からのタンパク尿であったり、陰性であるのに陽性の結果が出ている(偽陽性)場合であったりするためオススメ致しません。
脱水や腎血流量が低下しているときにこれらの薬剤を投与すると腎臓機能のさらなる悪化を招いてしまうため注意してください。
これらのレニンアンジオテンシン系阻害薬というものが腎臓病用として出されているためか、タンパク尿や高血圧のない場合でも処方されているときがあります。
全ての慢性腎臓病に有効な薬剤というわけではありませんので慢性腎臓病だからといってそのまま使用するのは注意が必要です。
個々の状態に関してはかかりつけの動物病院にて状態をご確認ください。
外注検査や院内での測定機器により検査が可能な場合もあります。
⑤リンを<4.6mg/dLに保つ。
リンの数値を2.7~4.6mg/dL程度におさめることが推奨されています。
腎臓病用の療法食はリン制限食です。
IRISの作成したガイドラインではステージ2から腎臓病用の療法食を開始すべきだと書かれています。
リン制限食である腎臓病用療法食だけではリンの数値が上昇する場合にはリン吸着剤を使用します。
高血圧やタンパク尿があると様々な臓器に障害が出たり、腎臓病が進行しやすくなるという事でしたが、リンの数値が上がるとどういった悪影響が考えられるのでしょうか。
腎臓病の進行とともに起こるリン・カルシウム代謝異常に対する治療がリンの制限やリン吸着剤の使用です。
血液中のリンやカルシウム濃度が上昇するとリン、カルシウムの結合が起こります。
その結果、軟部組織(骨や臓器を除いた、体を作る軟らかい組織の総称)の石灰化が起こり、血管障害や腎組織の破壊につながると考えられています。
早期から強いリン制限をかけると特発性高カルシウム血症がみられる場合があるため注意が必要です。
リン吸着剤
リンの吸着剤は食事中のリンを吸着するため、腎臓病用療法食によるリン制限を行った上で投与することが勧められます。
通常食にリン吸着剤を使用する場合はかなりの量が必要になる可能性があります。
使用される薬剤としては様々です。
アルミニウム製剤や鉄製剤、カルシウム製剤、炭酸ランタンなどがあります。
症例に応じて適宜使い分けることになります。
FGF-23(線維芽細胞増殖因子23)
食事によるリン制限の必要性の判断のためにFGF23を測定するという点についても言及されていました。
血液中のリンの数値が上昇すると腎臓病への悪影響が出てくるため、リンの制限やリンの吸着剤を使用します。
しかし、見かけ上血液検査ではリンの数値に異常がみられなくても体内ではそれ以前から異常が起こり始めています。
FGF-23(線維芽細胞増殖因子23)はリンの血中濃度が上昇する前から上がり始めるため、リンが上昇していなくても、FGF-23の上昇がみられた時にはリン制限食=腎臓病用の療法食を開始するという判断ができます。
つまり、FGF-23の測定は腎臓病用の療法食の開始時期の決定に有用である可能性があります。
FGF-23
骨から出されたFGF-23は腎臓や腸管に対して作用し、リンの吸収量を減らすことで血中リン濃度を低く保とうとします。
これでも制御しきれなくなると血中リン濃度の上昇がみられるようになります。
現在は院内の測定機器ではFGF-23を測定することはできないので外注検査を依頼することになります。
IRIS 慢性腎臓病 ステージ2
- ステージ1の治療方針に準ずる。
- リンを<4.6mg/dLに保つ。
- 嘔吐、食欲不振、悪心、体重減少、筋肉減少に対して治療する。
- 低カリウム血症に対して治療する。
③嘔吐・食欲不振・悪心・体重減少・筋肉減少に対して治療すること
嘔吐・食欲不振・悪心・体重減少・筋肉減少に対して治療することや著しい筋肉減少のあるネコに対してはSDMAを使用すること、嘔吐につながる併発疾患の評価を行うことが推奨となりました。
嘔吐や食欲不振、悪心などの消化器症状に対しては制吐剤や制酸剤、食欲増進剤などを用いて症状を緩和していきます。
制酸剤の使用については過剰であることも多く、それ自体が腎機能を障害してしまうこともあるため、盲目的な使用については注意が必要です。
食欲増進剤としてはミルタザピンやカプロモレリンがよく使われるものかと思います。
最近ではミルタザピンの軟膏は耳に塗るだけで良いので便利でよく使います。
異常行動がみられることもありますが、適切な用量で使用すればほとんど副作用もみられません。
一方でカプロモレリンの方がやや食欲増進作用に関しては弱いのかなというのが実感です。
(ミルタザピンよりカプロモレリンの方がよく食べるようになったという猫ちゃんももちろん存在します。)
ただ、このカプロモレリンに関しては別の点で身体に良い作用を示す可能性があります。
先ほどの推奨治療の部分で『体重減少・筋肉減少に対して治療すること』というのがありましたが、この部分に対して効果示す可能性があります。
カプロモレリンの体重減少・筋肉量減少の抑制効果
慢性腎臓病を含めた慢性疾患では悪液質とよばれる筋肉量の減少を特徴とした複合的な代謝異常症候群がよくみられます。
悪液質がみられる慢性疾患としては慢性腎臓病や悪性腫瘍、心不全、慢性気管支炎などの慢性炎症性疾患があります。
悪液質は栄養摂取量の低下や炎症性サイトカインなどによる代謝の変化が中心的な役割を果たして引き起こされると考えられています。
炎症性サイトカインとは細胞から分泌される生理活性物質で炎症を引き起こします。
詳しくわかっていない部分も多いですが、炎症性サイトカインにより筋肉の同化が低下(筋肉合成の低下)や筋肉の異化が亢進(筋肉の分解)が引き起こされている可能性があります。
食欲があっても体重が減少する
悪液質では以前と同じ食事量を摂取していたとしても体重が減少していきます。
悪液質への対策としては以下のような作用を示すものが考えられます。
カプロもレリンでは食欲増進作用とともに筋肉の合成増強が期待できるため、慢性腎臓病においても使用する機会が増えていくと思われます。
副作用としては流涎などがありますが重篤なものはほとんどなく比較的安全性は高いといえます。
唾液が出てしまうのは薬の作用として唾液腺の刺激をしてしまうためなので苦いからとか嫌がって出ているのとは異なります。
④低カリウム血症に対して治療する。
低カリウム血症がある場合には経口あるいは静脈輸液への添加により補正する必要があります。
カリウムが欠乏することで食欲不振や沈うつ、虚脱などの症状がみられる場合もあります。
また、カリウム欠乏により糸球体濾過量(GFR)の低下や尿細管間質の線維化を引き起こし、腎臓病を進行させる場合もあります。
上昇しすぎて高カリウム血症になるのも危険なため定期的な確認が必要です。
ベラプロストナトリウム
ベラプロストナトリウムの投与は標準治療ではありませんが、IRISステージ2〜3の猫において腎機能低下の抑制や臨床症状の改善が謳われています。
ラプロスの作用としては糸球体の過剰ろ過の軽減や腎臓の低酸素状態の改善、尿細管間質の炎症と線維化の抑制、微小血栓形成阻害により腎機能低下の抑制や臨床症状の改善すると報告されています。
IRIS 慢性腎臓病 ステージ3
- ステージ2の治療方針に準ずる。
- リンを<5.0mg/dLに保つ。
- 貧血の治療をする
- 代謝性アシドーシスの治療をする。
③貧血の治療をする。
ここでいう貧血は腎臓から産生されるエリスロポエチン(EPO)が減少することで起こる腎性貧血のことを指します。
腎性貧血では食欲不振や虚弱、疲労、無気力、睡眠の増加などが臨床症状として認められることがあります。
エリスロポエチンは赤血球の前駆細胞に特異的に作用して、赤血球の産生を促進し、貧血の改善を促します。
また、上記のようにエリスロポエチンの産生の低下は腎性貧血の主な要因ですが、複数の尿毒症物質が造血を抑制したり、赤血球膜の脆弱化、赤血球寿命の短縮を引き起こすことが分かってきています。
慢性腎臓病では食欲不振に陥ることも多いため、栄養不足により貧血が引き起こされることもあります。
治療としてはダルベポエチンアルファなどのエリスロポエチン製剤)鉄製剤の投与が行われます。
費用等の制限がなければネコエリスロポエチン製剤を使用する場合もあります。
エリスロポエチン製剤の副作用としては高血圧や腎機能の悪化、痙攣発作、血栓塞栓症が起こることもあり、慎重に投与する必要があります。
腎性貧血の改善により食欲増加などのQOLの改善も期待できますが、一方で副作用発現のリスクも伴うため、漫然と使用することは避けるべきです。
④代謝性アシドーシスの治療を行う。
代謝性アシドーシスとは
炭素系吸着剤(活性炭)
国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)による慢性腎臓病の標準治療としては推奨されていませんが、ここに挟み込みました。
炭素系吸着剤は消化管で分泌・産生される尿毒症毒素や尿毒症性代謝産物を吸着し、排泄を促進することで尿毒症症状を改善する作用が期待されます。
また、ヒトの方では慢性腎臓病の進行を抑制する可能性が示唆されています。
IRIS 慢性腎臓病 ステージ4
- ステージ3の治療方針に準ずる。
- リンを<6.0mg/dLに保つ。
- 栄養管理や水和状態の維持、投薬のために栄養チューブの設置を考慮する。
③栄養管理や水和状態の維持、投薬のために栄養チューブの設置を考慮する。
これまでのステージでは触れませんでしたが、いずれのステージにおいても水和状態の維持が経口摂取のみでは難しい場合は皮下あるいは静脈への輸液により脱水状態の回避に努めます。
皮下点滴の量については諸説ありますが、水和状態の維持ができる以上の過剰な点滴は心臓への負担も大きくなるため避けたほうが無難だと思われます。
ステージ4ではかなり状態も悪くなっており、自力での摂食や飲水では十分でないことも多々あります。
そのため鼻カテーテルや胃ろうチューブ、食道チューブの設置により十分な栄養・水分の摂取と投薬の簡易化をする場合もあります。